台南生活〜コロナ禍の思い出(月子編①)〜

朝から子ども用の野菜フリージングを仕込んでいる(普段はしない)吉川です。我が子は遊んで欲しいのか足元に擦り寄ってきて、わたしの両足を掴んでギャンギャン泣いています。もうこうなったら我が子にも協力していただくしかないので、キッチンの後ろに椅子持ってきてパンでも食っててもらってましょう。少し食べたら飽きたようです。その辺にパン投げて遊んでいます。あ。今投げ捨てられた咀嚼後の湿ったパンを踏みましたので、ちょっと泣いてきます。じゃなくて、洗ってきます。バター付きなのに勿体無い。

さて、退院後はお待ちかねの「坐月子」のお時間です。(これをすごく楽しみにしていた)

地獄の5日間の入院生活を終え、帝王切開の傷も少しマシになりました。そうだ、帝王切開後は歩行練習をしないと内臓癒着が起きやすいそうです。なので、激痛なのに、「できるだけ歩いて」と言われていたので、帝王切開1日目から真面目に歩行練習をしていました。4日目の晩、看護師さんから「他の患者さんは痛いって言って全然歩かないのよね。でもあなたは真面目にやっているから治りもいいわ。」と褒めていただいたのですが、「みんなしてへんのんかーい!」と誰に向けてかわからないツッコミを脳内でやっていました。自然に何かに誰かにつっこんでしまうと言う性。ここが関西人の悲しいところ。一旦高血圧になったり、麻酔後の頭痛と戦ったりでヘトヘトでしたが、なんとか5日目で退院。我が家の新メンバー、主人と一緒に月子中心へ。

月子中心とは何か。

日本では聞きなれないものですが、簡単にいうと、「出産したんだから、1ヶ月ぐらい何もしないで休んじゃいな!上げ膳据え膳されちゃいな!お疲れ!」という素晴らしいシステムです。日本では帝王切開だろうが経膣分娩だろうがなんだろうが、通常お産の入院は大体5日まで。そう、切腹しても5日で帰されるのですよ。諸外国では5日か3日で傷が癒えているはずもないまま家へ帰されるのですよ。(こうやって聞くと怖い)

ちなみに帝王切開の傷(外)はなんかホチキスの芯みたいなものでガンガン留められており、見たら失神しそうだったので、あまり見られませんでした。(後でチラッと見たらフランケンシュタインのようでした。見ても大したことなかった。)人間の体ってホチキスで留められるのか。あ、そういえば祖母もそんなのやってたかな。などともの思いに耽りながら、月子中心につきました。

月子中心では、母子同室と別室が選べますが、もちろん別室を選択しました。夜間授乳や夜泣きで起こされるとか無理ぃ。ってか赤子との生活なんかしたことないので怖いぃ。「そんなのみんなやってることじゃん。」と言われそうですが。基本的にノミ以下の心臓なので無理。こども産んだからいきなりお母さんになるわけじゃないし、ってかお母さんていうステータスは子どもから見たものであり、わたしのものではない。わたしは吉川であって、吉川以外ではない。とかなんとか考えているうちに部屋に案内され、子どもはベビールームへさっさと連れて行かれました。

さあ、満喫!と言いたいところですが、傷が痛くて愉快に満喫できるはずもなく、とりあえずテレビをつけてベッドに横たわっていました。が、気がついたことにリクライニングではないので自分で起きなければならない。人間が上体を起こすとき、確実に腹筋を使う。しかし、そこには手術の傷がある。普段は痛くないので気にならないけれど、体の角度をかえる(ひねるとか)と激痛なのです。人間は起き上がる時は腕だけではなく腹筋も使っているのだとひしひしと感じたのはこの時ではないでしょうか。腕の筋肉だけで起き上がれないのです。腕だけゴリマッチョになりたかった。この時どれほど思ったでしょうか。

月子中心は、一見5スターホテル並みの感じ。シャンプーやリンス等もあり、なんなら着替えまで置いてあるので何も持っていかなくても生活できそうです。

あ、我が子がマッサージチェアを破壊せんばかりに力一杯叩いているので止めてきます。

フリージングの野菜もできました。

これ、コロナ休校5日目。

つづく

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