【月一コラム みんなの台南生活】(13)日本人が知らない台湾素食

台南市日本人協会の会員より、毎月1回、台南生活コラムをお送りいたします

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【月一コラム みんなの台南生活】(13)日本人が知らない台湾素食
文/黒羽夏彦

 台湾で結婚した妻が素食(スーシー)の習慣を持っているので、私も日常的に素食の観点から台湾の食文化を観察する機会を持つようになった。


 素食とは一般的に動物性食品を摂取しない食習慣を指し、日本語で言う「菜食主義」、「ベジタリアン」、「精進料理」に近いと考えてもよい。ただし、台湾では宗教的戒律(仏教、道教など)に従う人が多く、その場合には単に肉食のタブーというばかりでなく、ネギ・タマネギ・ニンニク・ニラ・ラッキョウなどを口にすることも禁じられている(「五葷/ごくん」という)。例えば、国際線の飛行機では事前に機内食の種類を指定できるが、欧米的なベジタリアンとは別に「オリエンタル・ベジタリアン」というカテゴリーも用意されており、これが台湾の素食に相当する。なお、これを指定すれば、他の人よりも早く機内食を提供してもらえる。


 台湾では素食の実践者は人口の1割前後を占めるとも言われている。それだけ身近な食習慣であり、街中では普通に素食専門店を見かける。素食の人が困らないように、会食でよく使われるレストランではたいてい素食メニューも用意されているし、イベントや会議で弁当が配られる場合も事前に素食か葷食(非素食)かが確認される。


 素食の人でも宗教的な戒律と豊かな食生活とを両立させたいという願望があり、肉や魚を巧みに模した料理も編み出されている(食通として知られる邱永漢は『食は広州にあり』で「それなら最初から肉を食べればいいじゃないか」と毒づいていたが)。以前の素食には宗教的な印象が強かったが、近年は欧米的なベジタリアン(健康志向、環境保護、人道主義など宗教以外の動機が多い)の影響もあり、台湾の素食文化もバリエーションが広がってきた。おいしいと評判の素食レストランも増えてきており、そうしたお店は一般的な非素食者の選択肢にも入る。つまり、素食は一般的な食生活とも直接つながっており、台湾社会の多元的な食文化の一環を成していると言える。


 他方で、日本では素食という食習慣が必ずしも理解されているとは限らず、台湾の素食者が日本人と交流する際に困惑する場面も実は少なくない。台湾の素食の人を訪問する場合、お土産には気を付けた方がいい。素食者には卵を食べない人がいるが、例えばクッキー・ケーキ類は卵が入っているし、煎餅にはカツオだしが調味料として使われている場合もあるので、確認が必要である。私はいつも羊羹を用意する。


 日本では「精進料理」の正確な概念が揺らいでいるので、「精進料理」を看板に掲げたお店に入ったとき、肉や魚は使っていなくても、カツオだしやカツオ節がさり気なく使われていることもあり、日本を訪問した台湾の素食者にとってはこれが思わぬトラップになりかねない。蕎麦やうどんなら大丈夫だろうと思っても、おつゆにやはりカツオだしが含まれている。また、欧米風のビーガン・レストランでは味付けにタマネギが使われることもあるので、これも注意が必要である。


 来日する台湾の観光客の中で素食者の割合は必ずしも多いとは言えない。ただ、素食に限らず、世界には多様な食習慣を持つ人々がいる。日本側で観光インバウンド需要を見込むなら、異なる食習慣を持つ人でも困らないような配慮も必要だと思われる。

※詳しいことは、日本台湾交流協会の情報誌『交流』2022年11月号に「多様化する台湾の素食文化」と題して寄稿しましたので、ご参照ください。

文/黒羽夏彦(くろは なつひこ)
出版社勤務を経て、2014年3月から台南在住。現在は日本語教師をしながら、国立成功大学歴史学研究科博士課程に在籍し、台湾史を研究。

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