書評『静かな基隆港 埠頭労働者たちの昼と夜』

台湾最高の文学賞「金鼎獎」を受賞した本書『静かな基隆港 埠頭労働者たちの昼と夜』は、心理カウンセラーでもある著者が、大学院で人類学を専攻し、基隆港で生きる労働者たちの語りに耳を傾け、彼らの高い自殺率の背景にある構造的な問題に迫ったエスノグラフィーです。個人の選択や失敗に帰されがちな「生きづらさ」や「孤立」を、港湾都市の歴史、労働の変遷、新自由主義、そして性別規範といった社会の構造的変化のなかで捉え直す本書は、読者に深い問いを投げかけてきます。

このような重層的な作品を、台南在住の黒羽さんは見事な日本語に訳し上げました。翻訳にあたり、固有名詞の発音や背景理解のため台湾語や歴史的文脈を丁寧に確認されたとのこと。文体の自然さと、描写の奥行きの豊かさには、現地の生活に根ざした誠実な研究姿勢がにじみ出ています。

人類学と医学を学び、臨床と社会のはざまで日々を過ごす私にとっても、本書の視座は多くの示唆を与えてくれました。昨年は台湾医療人類学会総会で登壇パネリストを務める機会もいただきましたが、患者さんの語る苦しみを、個人の問題に矮小化せず、その背後にある社会的・歴史的要因を視野に入れて聴くことの大切さを、改めて実感させられました。

そして、裏返せば、彼らに起こったことは、私たちにも、いずれ起こることかもしれません(あるいはすでに起こっている)。だからこそ私たちは、同じような構造的問題を理解し、一人ひとりの尊厳をいかに捉えるのか、そのように語りかけてくるような気がします。

この静かで、力強い書物を、ぜひ手に取って読んでみてほしいと思います。
紀伊國屋書店のリンクhttps://taiwan.kinokuniya.com/

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