(左からタレントの卜學亮さん、店主の柯炳章さん、筆者。2017年撮影)
台南のパイナップルケーキをご紹介する「パイクエ」。第二弾は、国宝級職人・柯炳章氏が営む「新裕珍餅舖」です。場所は民権路、チマキの老舗・再發號の向かい。電話番号が5ケタという年代物の看板の下にあるショーウィンドウに、素朴で可愛らしいお菓子が、山積みになって陳列されています。
看板商品は「台式馬卡龍」(台湾マカロン)。皮はサクッ、中はふんわりとした生地と、挟まれているホイップが口の中で溶け合い、一つ食べたら二つ、三つ……と手が止まらなくなる美味しさです。そして甜甜圈(ドーナツ)。がっしりとした歯応えのある生地に砂糖がまぶしてあります。これだけ歯応えあるドーナツは、他ではまずお目にかかれないと思いますが、もしかしたら日本でも台湾でも、昔々のドーナツとはこういうものだったのかも知れません。筆者はここに来る度、マカロンとドーナツ、そして芳醇なココナッツの香り漂う「椰子球」を必ず買って帰ります。
ただ、ここの鳳梨酥(パイナップルケーキ)は今まで一度も買ったことがありませんでした。前回紹介した舊來發餅舖同様、円柱形で重みがあり、包丁をぐっと押し込まないと切れないほど中身が詰まっています。餡は舊來發のよりも粘り気のある、もちもちとした食感。
柯炳章さんに、つたない台湾語で「いつ頃から売り始めたんですか?」とお聞きすると、「ずっとずっと昔だよ。パイナップルケーキはわしが子供の頃からあったよ」と答えてくれました。どんなパイナップルを使っているかとか、冬瓜を入れているかとか、筆者の台湾語力ではそこまでお聞きできなかったので、興味のある方は台湾語に堪能な方と一緒に訪れてみてください。
柯炳章さんは、もうすぐ九十歳になられるそうです。驚くべき事に、今でも毎日すべてのお菓子を一人で作り、奥様と共に店番をしています。まさに「生涯菓子人」。お若いころ老舗「萬川號」で徒弟として働き、のち台北の洋菓子職人について学び、そしてこの「新裕珍餅舖」を創業されました。
洋菓子の師匠は日本人の職人に学ばれた台湾人だそうで、新裕珍も戦前の日本の洋菓子の味を受け継いでいるのかも知れません。「台湾式マカロン」という名も後年誰かが名付けたもので、昔は「フィンガーボール」と呼ばれていたとか。他に「阿摩羅」というお菓子もありますが、これはもしかするとフランス語で愛を意味する「アムール」に由来するのではないかと筆者は想像しています。
店の奥には相当な年代物の大きなオーブンがあり、現役で使われています。「後を継ぐ人はいるんですか?」とお聞きすると、「いやあ、誰もいないよ」と寂しそうに笑う、台湾菓子界の国宝というべき存在の柯炳章さん。どうかいつまでもお元気で!
新裕珍餅舖
住所:中西區民權路二段60號
営業時間:9:00~19:00
電話:06-222-0420
価格:40元
参考:卜學亮さんと新裕珍を訪問した「在台灣的故事」(32:30~)
https://youtu.be/AeWOvbxgVfU
(だいどうあつし) 作家、翻訳家、三線弾き。1984年東京生まれ。「人がより自然に、シンプルに、活き活きと暮らせる町」を求めて、2012年より台南在住。日本蕎麦屋「洞蕎麥」を5年間経営後、翻訳事務所「鶴恩翻譯社」を運営。日本語著書『台湾環島 南風のスケッチ』、中国語著書『遊步台南』、共著『旅する台湾 屏東』、翻訳小説『フォルモサに吹く風』『君の心に刻んだ名前』『台湾 和製マジョリカタイルの記憶』。
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