【月一コラム みんなの台南生活】(14)野鳥と台南と私

台南市日本人協会の会員より、毎月1回、台南生活コラムをお送りいたします。

目次

野鳥と台南と私
文/横田武

今上天皇が皇后雅子さまにプロポーズをされた「新浜鴨場」(千葉県市川市)の近くで育った私は、バードウォッチングが細く長い趣味だ。台湾は九州と同じほどの大きさの国土に、674種類(2020年時点)もの野鳥が住む楽園であり、台南市野鳥学会のFacebookでも3,200人がメンバーになっている。台南生活2年目の新参者が誘う「野鳥にまつわる台南の話」をどうぞ。

1.クロツラヘラサギ(黑面琵鷺)と台南の「人情味」

クロツラヘラサギは台南では一般人にもよく知られており、観光案内などでかわいいイラストを目にすることも多い。少し大きめの白鷺のような体に、しゃもじのような黒く大きなくちばしが特徴的なこの鳥は、世界的な絶滅危惧種で、その数はパンダよりも少ないと言われている。同じく絶滅が心配されているトキの仲間だ。

社会人になって4年目、私は企業派遣の研修生として台北で中国語を学んでいた。決して真面目な学生ではなかったものの、昼に夜に(苦笑)中国語と接する私の語学力は、少しずつ上達していった。「そろそろ一人で台湾内を旅行して言葉の経験を積んだらどうか?」と先生に勧められ、私は迷いもなくクロツラヘラサギの聖地・台南に向かった。

長距離バスに5時間ほど揺られ、たどりついた台南駅前で買った地図を、かき氷屋さんで広げてみて私は頭を抱えた。聖地は遠いのである。なにせパソコンも携帯電話もなかった時代だ。先生の「台南は小さい町だから地図さえあれば徒歩でなんとかなる」を信じてきたのに、25キロもあるではないか。呆然とする私に、隣に座った家族連れが声を掛けてくれた。

「日本人? どこに行くの?」
「クロツラヘラサギを見に行こうと思ったのですが、遠くて…」
「七股か、ちょっと遠いなあ。でも大丈夫、私の車で乗せていってあげるよ」

お言葉に甘えさせていただき、お父さんが運転する乗用車に乗り込んだ私は、片道1時間の道中、突然の予定変更に不満を言っている(であろう)男の子のご機嫌を取ろうと、なんとか雰囲気を盛り上げようとするが、拙い中国語では会話のキャッチボールはすぐに途切れてしまう。
「もっと真面目に勉強しなければ」
そう反省する横で、お父さんはにこやかに車を走らせている。台南駅前のホテルに戻ってきたときには、すっかり日が暮れていた。週末の団らんの時間に突然現れた異邦人にも、笑顔で手を振ってくださる家族の皆さんと別れた私は強く願った。
「いつかこの台南に住めたらいいな」

2.ヨタカ(台灣夜鷹)と台南の多様性あふれる夜

それから30年の時が流れ、夫婦揃って移住してきた念願の台南である。街にも慣れ生活も落ち着き始めた頃、夜空を切り裂くような「ジュイ! ジュイ!」という鋭い鳴き声に、睡眠を邪魔されるようになった。初めは同じマンションの迷惑なご近所さんが難儀な鳥を飼いだしたと思ったが、どうもその大音量の主は移動しているようである。

ある日、夕食後に近所の公園をランニングしていると、頭のすぐ上を「ジュイ!」と叫びながら猛スピードで飛ぶ禍々しい姿を見て、元日本野鳥の会会員はすぐに理解した。ヨタカだ。日本の種と声は違うが、間違いなくヨタカだ。同時に小学3年生の頃の記憶がまざまざと蘇った。

「四季を通じて、校内では男子は上半身裸、女子は下着一枚まで許す」
新学年の初日、私達の前に現れた長髪で無精髭のT先生は、開口一番こう宣言した。国語の時間は毎回、宮沢賢治の作品のみ。道徳の時間は、先生が弾くギターに合わせて、政治色の濃いフォークソングを合唱する。反抗する生徒の頬には容赦なく平手打ちが叩き込まれる。我がクラスは宮沢賢治の代表作のひとつ「よだかの星」から「よだか学級」とT先生に名付けられた。

しかし、そんな学生運動の養成所のような教育は、今よりずっとのどかで、社会に制約が少なかった昭和の時代でさえも許されるはずはなかった。ある朝、その日も遅刻して、アルコール臭を周囲一面に漂わせながら現れたT先生は、教室に入ると何も言わず教室の片隅に置かれたギターを握り、「すぐに整列、今から〈よだかの星〉(作詞作曲:T先生)を合唱するぞ」と小さい声で告げた。戸惑い、お互いの顔を見合わせるばかりの私達を見ると、T先生は手にしたギターを床で叩き壊し、「お前たちには夜明けは来ない!」と荒れ狂った。その瞬間以降のT先生に関わる記憶は私には無い。しかし「よだか」の存在は、若さ・狂気・盲信・絶望といった、さまざまな形容詞とともに私の深層心理に深く刻み込まれた。

そのヨタカが、台南移住という念願を叶えた私の夜をかき乱している。ネットで検索すると、彼らの鳴き声に悩む台南住民は少なくないらしい。「BB弾で撃ち殺せ」、「政府は奴らの巣を根絶やしにしてくれ」と物騒な声も多く、「私だけではなかったのか!」と同志を得た気分がしたものの、台湾の環境行政はそんな私達におだやかにこう語りかける。

「もともと森林で暮らしていたヨタカの棲家を奪ったのは私達人間だ。ヨタカはシロアリなどの害虫を食べてくれる益鳥でもある。眠れぬ夜も〈人と野鳥とが共存できる社会への過渡期の現象〉と思えば、違った見方もできるのではないだろうか?」

そして今晩も私は「ジュイ!」を聞きながら、多様性を大切にする台湾人の心の広さと、己の心の狭さとを、眠れぬ夜に再認識させられるのである。

文/横田武(よこた たけし)
京都大学法学部卒業。総合商社勤務時代に台湾師範大学にて1年間の中国語研修。中国高度成長の黎明期から日系製造型中小企業のプロ経営者としてのキャリアを積み、中国大陸各地での通算滞在歴は21年間。2021年春、念願であった台南での起業を実現。

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